霧島酒造『黒霧島』快進撃の要因  ~トロッと、キリッと 「食に合う焼酎」~

トロッと キリッと 黒霧島


■はじめに
カミさんの実家が宮崎県の都城市、90代の義母が一人で暮らしています。このところ盆と正月近辺には必ず帰省しています。この町には焼酎の『黒霧島』で全国に名を馳せるようになった霧島酒造株式会社が大きな存在となりつつあります。昨年5月、創業100週年を迎えました。「霧島ファクトリーガーデン」という文化発信基地があり、レストランや焼酎等の試飲コーナー、レストランはリーズナブルな価格で地ビールも味わえるので何度か足を運びました。また芋焼酎の製造工程を見学でき、美味しい本格焼酎誕生までの物語をガイドさんの説明つきでゆっくり見ることができました。
霧島ファクトリーガーデン

霧島ファクトリーガーデン


地方創生の成功例としてよく引き合いに出されるのが、山口県の旭酒造の『獺祭』と宮崎県の霧島酒造の『黒霧島』。なぜこの黒霧島がここまで急成長したのか、興味を持ったのであらためて調べてみました。

■焼酎ブームの流れ
昔は焼酎は日本酒に比べて安価なグレードがひとつ下というようなポジションで認識されていました。70年代後半、薩摩酒造の「白波」が「6:4(ロクヨン)のお湯割り」「酔い醒めさわやか」のキャッチコピーでCMを展開し、全国的に知られるようになり第1次の焼酎ブームが生まれました。

80年代に入り酎ハイが世間に浸透していき、甲類焼酎の消費量が飛躍的に増加しました。1979年(昭和54年)発売の三和酒類の麦焼酎「いいちこ」が“下町のナポレオン”とTVCMで流れ一躍有名になりました。

そして2003年乙類本格焼酎ブーム、焼酎バブルの到来です。それまで麦が主流だった焼酎市場の中に芋焼酎が広がっていきます。ここに『黒霧島』が登場します。民法の番組「ナイナイサイズ!」の「自分好みの焼酎を探すことができるか」という企画で、ナインティナインの矢部浩之が「クロキリ」をとても飲みやすいと絶賛し、一番だと発言。これをキッカケに『黒霧島』が全国へと広がっていきました。

消費者の「健康志向」「ライト志向」「価格志向」そして「酒造メーカーの危機感と新しいマーケットの開拓に向けての努力」がそれを後押ししました。TVや雑誌でも本格焼酎の持つ「健康性」について多く特集されたことが、消費者が日頃飲むお酒を日本酒から焼酎へ切り替える引き金となりました。焼酎は二日酔いしない、カロリーが低い、などと巷で語られるようになりました。

■一服感のある焼酎業界にあって快進撃を続ける霧島酒造
国税庁によると、2015年度の国内酒類消費量は前年度比1.7%増の847万5600キロリットルと2年ぶりに前年度を上回りました。酒類別にみると、ワインが前年度比5.6%増、ウィスキーが同14.7%増と、それぞれ7年連続で前年度を上回った一方、焼酎は同0.5%減の85万8100キロリットルと2年連続で前年度を下回りました。過去数度の焼酎ブームにより首都圏や関西地区などの大都市圏で市場を拡大した焼酎ですが、消費者嗜好の多様化や高齢化社会の進展、若者のアルコール離れなどの影響で苦戦。ピークとなる2007年度(100万4700キロリットル)比では14.6%減と、近年は低迷を余儀なくされています。

そんな中で帝国データバンク2016年焼酎メーカー売上高ランキングによると、霧島酒造が5年連続トップで前年比10.4%増の650億7200万円。焼酎の全国消費量がゆるやかに減少し続ける中、1988年の『黒霧島』発売以来、発売当時の81億円から約8倍に拡大しています。

■商品開発─既成の考えから離れ「臭くない焼酎」で新しい顧客層を開拓
 1916年に芋焼酎の蒸留を始めた霧島酒造は昨年2016年創業100周年を迎えました。1996年2代目先代社長が急逝して現社長・専務の兄弟が事業承継した頃はマイナーな焼酎メーカーのひとつに過ぎませんでした。当時の主流は麦焼酎、ふたりは「芋臭くない焼酎」の開発を目指し98年に『黒霧島』を上市しました。
コンセプトは「食に合う焼酎」、黒麹が醸し出す独特のコク、キレが鍵だった。
キャッチフレーズは「トロッと、キリッと」

「芋焼酎だから芋臭くないといけない」という従来の考え方を捨て、芋の香を抑えて上品な味わいの焼酎に仕上げました。女性や芋焼酎が苦手な層を一気に開拓することに繋がりました。
うちでも他の芋焼酎を買って飲んでいたときにはよく“臭い”と言われたものですが、黒霧島にしてからはそんなことはなくなりました。

■マーケティング─ランチェスター戦略で市場攻略
 いきなり首都圏を攻略するというのではなく、まず福岡から、そして広島、大阪、名古屋と北上して、首都圏へ攻め入ったそうです。

福岡市の朝の駅で100ml入りの無料サンプルを配布(1日約2000本)。朝、駅前で配布すると、職場に持ち込んでもらえるので、より多くの人の目に触れ話題にしてもらえる。サンプルにアンケートを付けて、そのアンケートのFAXが来ると、30本ものさらなるサンプル瓶パックをその会社の職場に持参する作戦だったそうです。こうして話題になり知名度が上がりました。

そんな地道な販促活動のなかで前に述べたように、TV番組でタレントの一声で火がつきました。

■食品廃棄物でバイオマス発電
宮崎から焼酎文化の壁を超えて進みつつある霧島酒造、焼酎の製造工程から出るサツマイモのクズや焼酎かすを使ってバイオマス発電を行っています。1日に一升瓶で16万本に上る規模を製造するため、約340トンのサツマイモを使う。選別ではじかれるイモのくずは毎日平均して約10トン。蒸留工程で残る「もろみ」を絞った焼酎かすは毎日約650トンに上ります。

発酵槽内で発生するメタンガスは1日平均約3万立米に及びます。メタンガスを燃料にバイオガスエンジン発電機で発電し、年間約700万kwhの発電実績があり、年間売電収入は約2億5000万円に上ります。食品廃棄物の削減・処理とリサイクル、再生可能エネルギー発電による売電の好循環が回っています。

■安定供給体制を整え、さらなる信頼を獲得
 2002年『黒霧島』がTVで紹介され一気に売上が伸び、翌2003年芋焼酎市場出荷1位となった霧島酒造ですが、原料である芋は痛みやすく保存が効きません。そこで冷凍保存設備をいちはやく導入し、豊作・不作にかかわらず一定の支払いを保障する仕組みを整えることにより地元の農家を囲い込みました。契約生産者は約2000軒を確保し、今や全国のスーパーやコンビニ、酒販店で定番となって棚に並んでいます。

霧島酒造の成功の要因は、新しい顧客層を開拓した『黒霧島』の開発とそれを拡散させたマーケティングの勝利といえるのでは。
地元で芋を作り、それを材料に素晴らしい商品を生み出した。全国制覇を成し遂げ、新しく雇用を増やした。
黒霧島はEU圏、北米圏、アジア圏にも輸出されていますが、今後は国内基盤を固めつつ、海外への展開も注目されるところです。
霧島酒造焼酎製品

□参考文献
・『黒霧島物語 宮崎県の弱小蔵元が焼酎王者になるまで』馬場 燃 日経BP社
・霧島酒造株式会社HP https://www.kirishima.co.jp/
・「黒霧島5000日戦争 老舗蔵元の反常識経営」日経ビジネス1765号2014年
・帝国データバンク 2016年焼酎メーカー売上高ランキング